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ワンダーランドの旅紀行 カンボジア

写真とコメントでつづる伊藤ノリヒコの地球の旅

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アンコールトム

カンボジアの屋台

アンコールトム

アンコールトム


アンコールトム

 
 2000年 

 カンボジア・アンコールワット、 トムの旅

僕は以前1992年、メキシコ、グァテラマと中南米、マヤ、アステカ文明の跡をたどる旅に出かけていた。
マヤ学者マイケル・D・コウの「クメール帝国と古代マヤの間には、多くの謎めいた類似点があるという記述を読んでいたので、マヤ、アステカ文明の遺跡を訪れたときは、その記述の通り、はっきりとした類似点のあることを感じていた。

僕は、それを確かめるために、いつかアンコールワットにも出かけようと、長いこと温めていた。

2000年、それを確かめるために、いよいよアンコールの地、カンブーに出かけることにした。

アンコールの地も随分と謎めいていて、西暦9世紀から13世紀の間に大きく繁栄し、栄華をきわめる。ジャヤヴァルマン2世、クメール王国以前及び、ジャヤヴァルマン7世以後の歴史も、はっきりとはしていない。
滅亡して長くジャングルの中で眠っていたという。
1901年アンコールを訪れたフランス人旅行家ピェール・ロテイによって発見された。

彼は、バイヨンについての印象を残している。

バイヨンの四方はぎっしりとした無花果の木が至るところで根を張り、台座をなしていた。
木々の間から頭上にのしかかってくるような塔を見上げた。
すると、突然訳の分からない恐怖を感じ、身震いした。
微笑みを浮かべた大きな顔が迫っていたのだ。
微笑みは至るところに浮かび上がり、私は塔の四面に彫られた人の顔に見下ろされていたことに気が付いた。
大きな低い鼻の下の口元は微笑みをたたえ、瞼を半分閉じ、言葉では表現できない雰囲気を漂わせていたという印象を残している。

ジャングルの中で長く埋もれていたヴァイヨンは、仏塔寺院であり、東、西、南、北に向かって四つの顔、観世音菩薩の尊顔が塔の至る所に見られる。216の顔があるという。

ヨーロッパの人が初めて見ての驚きは、相当に無気味であったことは想像できるのである。
その発見でようやく日の目を見るのである。

観世音菩薩の表情も大乗仏教で言う、崇高、慈悲、同情、喜び、静寂を表現しているのだという。ジャヤヴァルマン7世による最高の建造物であると言われている。

アンコールワットは、東西に長く延びる基軸で、春分、秋分の日の出、日の入りの方向を指していると言われ、夏至、冬至の日の出の方向を示していて、天文学的な重要な日を表し、天地を結びつけている。

天空の楽園アンコールワットは、心のマンダラと言われ、また、宇宙の力の集中点とも言われて、そこは聖なる場所であると崇められている。

人は心の中でマンダラに「入り」その中心へと「進み」類推により、宇宙の崩壊と統一の過程に導かれるという。
それは、「悟り」「理解」「覚醒」の状態になり、真実の知識を獲得できるという仏教の教えである。

アンコールワットは、ナーガー(蛇)へのこだわりが、至る所に見受けられる。5つの頭、7つの頭蛇(コブラ)がすべての尾根の角にあり、アンコールトムの欄干、両側の阿修羅の神々が蛇の胴を引っ張り、乳海覚伴を表現している遺跡は、とてもドラマチックである。

インドの神話では、ナーガーは超自然的な生き物で、神々と同列であり誕生と死、時間の永遠の再生に結びつけられている。
インド最古の聖典リグ・ヴェーダには繰り返し登場すると言う。
それは蛇信仰と感じられるほど見事に反復しているのである。

僕が、前にマヤ、アステカ文明と類似していると思ったのも、メキシコ、ユカタン半島にあるチチェンイツァのピラミットであった。

10世紀〜13世紀に「マヤ・トルテカ文化」がケツァルコアトル神(翼のある神)に捧げられたピラミットは9段の階段式ピラミット(高さ24m〜55.5m)であるが、その四面に翼のある蛇が、地上の巨大な頭から、最上段へと尾が昇っているのである。
太陽が東より昇り、昼夜の時間が等しくなる春分、秋分の日に合わされていて、北側階段の欄干の蛇に(1ヶ所)影が浮きあがり、天空より地上へと降り立ってくる姿が見られると言う。

僕はこの階段を登って行き、最上階のピラミットに腰を下ろした記憶が蘇るのであった。

あれから8年経っている。
天空の楽園アンコールワットの地を訪れ、マヤ、アステカ文明との類似点を、この眼でしかと確かめることができたことは、僕の生涯忘れることの出来ない旅になった。